まんぷく最終回結末ネタバレ福子と萬平の死!94才で実在モデルより




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まんぷくネタバレ最終回予測 福子の死 実在モデルよりの内容です。

まんぷくの最終回では、今までの朝ドラの展開として、ヒロイン今井(立花)福子の
死まで描かれる可能性があるとネタバレ予測されます。



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そのため、今回は最終回までに描かれる可能性が予測される福子の死について
実在モデルの安藤仁子さんの史実からネタバレしていきたいと思います。

まずは、まんぷくのヒロインである福子の実在モデル・安藤仁子さんの史実よりネタバレします。

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安藤仁子さんは、大正6年(1917年)8月16日に、大阪府大阪市北区富田町で、
父である安藤重信と母である須磨の三女として産まれました。

安藤仁子さんは18歳の時に、金蘭会高等女学校を卒業し、得意な英語と取得していた
電話交換手の資格を活かし、京都にある「都ホテル(現、ウェスティン都ホテル京都)」
で電話交換手として働き始めます。

それから、ホテルの社長に仁子さんの働きぶりが目に留まり、ホテルのフロント係に
抜擢されました。

詳しい経緯はわかりませんが、安藤仁子さんは、大阪の財界人の社交場である
「大阪倶楽部」でも受付をしていて、そこで元陸軍中将の井上安正さんの紹介により、
呉百福さんと出会います。

その後、百福さんからプロポーズされるものの、1度は断った仁子さんでしたが、
百福さんの熱心な好意を受け入れ、2人は戦時中ではありましたが、昭和20年
(1945年)3月21日に結婚しました。

戦争が終わると、安藤百福さんは在日台湾人だったため、中国籍を取得し、戦勝
国民として多額のお金を手に入れ、慈善事業のつもりで大阪の街をぶらぶらする
若者を集めて、製塩事業を開始。

一方、仁子さんは百福さんとの子供である安藤宏基さんを出産し、順風満帆な生活を
送っていました。

しかし、仁子さんが長女の堀之内明美さんを妊娠している時に、百福さんは脱税の
容疑で巣鴨プリズン(東京拘置所)に収容されてしまいます。

釈放後、百福さんは昭和26年(1951年)に「大阪華銀」の理事長に就任。

しかし、経営がうまくいかず、結局、大阪華銀を倒産させてしまい、百福さんは
理事としての責任を問われ、仁子さんや家族の住む家など全ての財産を差し
押さえられてしまいます。

安藤百福さんは全財産を失っても、事業意欲は衰えず、即席麺である
「チキンラーメン」の開発を始めました。

開発に苦しんでいた百福さんでしたが、仁子さんが台所で天ぷらを揚げている
ことから着想を得て、麺を油で揚げることで麺を乾燥させる方法を思いつき、
「チキンラーメン」が完成します。

その後、チキンラーメンは販売を開始しますが、最初は消費者の間で、全く
わからない食べ物として、全然売れませんでした。

その頃、「ミッチーブーム」が起きており、正田美智子の実家である日清製粉が
話題となっており、社名に「日清」をつければ消費者も安心するのではという
助言を受けた百福さんは、ミッチーブームに便乗して、社名を「日清食品」としました。

するとチキンラーメンは大ヒット。

しかし、昭和43年(1968年)に、仁子さんの母である須磨さんが死去してしまい、
続けて日清食品の取締役である有元那茅満さんが、日清食品の手形を乱発するという
不祥事を起こしました。

有元那茅満さんは、仁子さんの姉である澪子の四男であるため、仁子さんの
甥にあたります。

そんな創業家一族の身内による不祥事が起こり、仁子さんは百福さんに、
どうにか許してもらなえないかと頼みましたが、百福さんはたとえ身内だろうが、
迷惑をするのは消費者であるからと、有元那茅満のことを解雇し、昭和45年
(1970年)に告発。

この不祥事により、日清食品の取締役を務めていた仁子さんも事件後の昭和46年
(1971年)5月に日清食品から身を引いています。

日清食品は、「日清焼きそば」の食中毒事件や「スパゲニー」の失敗、仁子さんの
甥である有元那茅満さんの不祥事などが続き、昭和46年(1971年)9月18日に発売した
カップラーメンである「カップヌードル」も高いという理由で受け入れられませんでした。

ところが、昭和47年(1972年)に起きた浅間山荘事件をきっかけに、カップヌードルは
爆発的な大ヒットとなりました。



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その後、安藤百福さんは仁子さんとの子供である宏基さんに社長を譲りますが、
経営方針の違いにより、2人は毎晩のように衝突し、仁子さんはそのとばっちりを
受けてしまいました。

そのことに嫌気がさしていた仁子さんでしたが、娘の堀之内明美さんが百福さんを
諭したり、宏基さんも仁子さんのことを思って、百福さんの話を聞くようになり、
仁子さんにようやく平穏が訪れました。

安藤仁子さんは、戦後、信仰に目覚め、日帰りで巡礼を続けていて、昭和47年(1972年)
から、晩年のためにとっていた四国八十八カ所参りを始めました。

また、日清食品の工場に祭った観音様にお参りを続け、目を悪くした百福さんの
ために、目に効く寺があると、必ず立ち寄ってお参りしていたようです。

安藤百福さんは、平成19年(2007年)1月5日に、享年98で心筋梗塞により亡くなりました。

それから3年後。

安藤仁子さんは、平成22年(2010年)3月19日に享年94歳で老衰により生涯の
幕を閉じるのでした。

ここまでがまんぷくのヒロインである福子の実在モデル・安藤仁子さんの史実の
ネタバレで、

実在モデルより予測される、まんぷくの最終回 福子の死を予想します。

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現在わかっているネタバレとして、まんぷく16週で、萬平は池田信用組合の
理事長を解任され、全財産も差し押さえられてしまい再出発を余儀なくされる
ところまで進みます。

朝ドラは26週までなので、残り10週でどこまで進むのか、福子の死までを
描くのかは定かではありませんが、描くのであれば、やはり最終回になると
予測されます。

そして、史実では安藤百福さんの方が仁子さんより3年早く亡くなられているので、
まんぷくでも福子の死を描くなら、最終回前に萬平の死も描かれるのではないでしょうか。

仁子さんの死は老衰ということなので、きっとたくさんの人に見守られながら
息を引き取ったと思います。

そのため、福子も死のシーンが描かれるなら、萬平はいませんが(幽霊でいるかも?)、
社員や家族に見守られながら安らかに息を引き取るのでは、と私は予測しています。

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ここまでが、まんぷく最終回までに描かれる可能性が予測される福子の死について
実在モデルの安藤仁子さんの史実からネタバレでした。

史実では、カップヌードルが成功し、百福さんが宏基さんに社長を譲った後の
いざこざが収まるまでは、物語がたくさん詰まっていますが、朝ドラではどこまで
描くことができるのか、どんな結末が用意されているのか、楽しみですね。

最近では、主人公が亡くならない最終回もあるので、そんな展開になるかもしれません。

もし、福子の死までが描かれるとしたら、その前に萬平の死も描かれると
思うので、最終週は涙なしには見れないでしょう。

でもきっと、見た後に幸せな気分にさせてくれる最終回にしてくれると思いますので、
まんぷくを最終回まで見逃さないようにしたいと思います。



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