『エール』は2020年3月30日から放送開始のNHKの102作目の朝ドラです。
今回は二階堂ふみが演じた古山裕一と夫婦になった関内音の紹介です。
関内音のモデルは古関金子さんと言われています。
エール関内音(二階堂ふみ)のモデル:古関金子さんのプロフィール>
[生年月日・没年月日]
1912年3月6日~ – 1980年7月23日
[出身地]
愛知県渥美郡旧高師村(豊橋市)
[生涯]
父親は内山安蔵と母親はみつの三女として生まれました。
安蔵は金子が12歳のときに他界してしまいますが、家業である豊橋市駐屯第15師団の物資納入業者は母親のみつが引き継ぎ子育てを続けます。
幼い頃から活発だった金子は音楽と文学が好きではやくからオペラ歌手を目指していました。
金子は1928年に豊橋高等女子学校を卒業の後、『女人芸術』に参加して中部地区の地方委員などをつとめます。
長兄の内山勝英が満州で事業を起こしていたこともあり遊びにいった金子でしたが、帰りの船が座礁して沈没すると云う事故に遭い九死に一生を得ています。
1930年古関祐而が国際作曲コンクールで入賞したことを新聞で知った金子が手紙を書いたことから二人の遠距離恋愛が始まります。
その頃の古関祐而は内山金子との関係をシューマンと妻のクララのように音楽のパートナーととらえていたようです。
音楽の道を共に歩くことを考えた祐而は付き合い始めて僅か3か月で金子が書いた『きみ恋いし』と云う詩に曲をつけます。
また、手紙のなかで金子のことを『私のクララ』と伝えたりしています。
一方の金子は知人に紹介してもらった名古屋の雑誌発行者のもとで雑誌編集の手伝いをはじめます。
家計を助ける為に住み込みで働き始めた金子でしたが、その頃から声楽教師について歌の勉強も始めていました。
その年に金子に会うために豊橋までやってきた古関祐而。
金子は古関について福島までいって結婚しますが、『日本コロンビア』から祐而に声がかかりふたりで上京して古関は専属契約を結んだのでした。
そうして東京の世田谷に居を構えたふたりでしたが、近くに帝国音楽学校があったこともあり金子は声楽部本科に編入します。
そこでベクトラメリ能子について金子は本格的に声楽の勉強に取り組み始めます。
そこで才能を一気に開花させた金子は『カヴァレリア・ルスティカーナ』や『トスカ』などの舞台をこなしますが、子育てのだめに学校を中退してしまいます。
1040年になってディーナ・ノタルジャコモのもとで歌を再開した金子は夫の作曲したオペラなどをこなしました。
しかし、太平洋戦争の激化で歌う機会も少なくなってし、詩や随筆を寄稿するようになり、1956年には詩誌『あいなめ』にまとめて刊行しました。
そして1980年に乳がんの全身転移で帰らぬ人となってしまいます。
享年68歳の人生を閉じたのでした。
エール関内音の役柄>
藤堂先生からの作曲の課題に悩んでいた小学校5年の裕一は母親のまさに連れられて出かけます。
たまたま立ち寄った教会から聞えてくる歌声に感動した裕一。
その声の主は幼少時の関内音だったのでした。
大正12年、関内音は愛知県豊橋市で、馬具屋を営む父親の安隆と母親の光子と姉の吟と妹の梅と生活をしていました。
気が強く学芸会での演目を変えさせるほどの行動力を持っていた音は父親に連れられて行った教会でオペラ歌手の双浦環に感動します。
その気持ちを本人に伝えた音は環から彼女のレコードをプレゼントされ喜びます。
それが切欠になって歌を習いたいと思い始めた音。
学芸会の演目を変えさせた音は当初は主役の『かぐや姫』には選出させれませんでしたが、本番直前に主役から代役を頼まれます。
そして見事な歌声で観客を魅了したのでした。
関内音は新聞で古山裕一が『国際作曲コンクール』で2位入賞の記事を読みます。
帰国した音楽教師の御手洗についていた音は興奮して裕一に手紙を書きます。
裕一も音の熱い気持ちにひかれて返事を書いたことで二人の文通が始まるのでした。
しかし、裕一からの留学が決まった内容の手紙を機に音は裕一との文通を終えることを決めますが、納得いかない裕一が豊橋まで会いにきてしまいます。
裕一はしばらく関内家に居させてもらうことにしますが、音は母親から釘を刺されていました。
しかし、裕一の想いは音の気持を引き寄せていきます。
そして、裕一の父親の三郎が豊橋まで迎えにやってきた時に、前触れなく祐一からプロポーズされた音。
初めは反対していた音の母親の光子は最後には認めてくれ、三郎に古山家の説得を頼んだのでした。
しかし、三郎の説得は失敗に終わり、裕一は音との結婚を諦めて留学を選ぶとの連絡を受けた音。
すると今度は戦況悪化を理由に裕一の留学が取り消しになってしまいます。
自暴自棄に陥った裕一の耳には誰の声も届きませんでした。
何とか祐一を音楽の道で立ち直らせようと思った音は、姉の吟の婚約者の伝手で『コロンブスレコード』との専属契約を取り付けます。
その結果を持って福島に向かった音でしたが裕一に考えさせてほしいと追い返されていました。
しかし、その後で養子先となる権藤茂兵衛の想いを知った裕一は契約するめに上京を決心したのでした。
裕一は『コロンブスレコード』、音は『東京帝国音楽学校』に通う生活が東京ではじまります。
しかし裕一の泣かず飛ばずの姿を見て悩んだ音は豊橋の実家や学校の先輩の久志に相談するのでした。
その頃、『東京帝国音楽学校』では記念公演の『椿姫』の配役決めのオーディションが始まります。
2次選考会も通貨した音でしたが、双浦環から厳しい助言を受けてしまいます。
そして環の助言の意味を理解した音は見事最終選考も勝ち抜き主役の座を射止めます。
しかし、記念公演の練習中に自分の妊娠が分かった音は悩んで、ふたたび双浦環に相談しますがまたしても厳しい話をされてしまいます。
そして、音は音楽への夢を裕一に託すことにして自分は育児に専念するために退学を決心しました。
それからほどなくして音は元気な女の子を出産し華と名付けたのでした。
<感想>
関内音の役柄はモデルとなっている古関金子の生涯に対してオリジナル化を最小限におさえて忠実にトレースしているように思えます。
古関金子も音と同じように音楽学校を子育てのために中退していますが後になって音楽活動を再開しています。
『エール』と云う物語の中で、古山裕一の妻として自分の音楽とどのように向き合っていくのかが楽しみですね!?
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