あんぱん26週最終回ネタバレ希望の光あらすじ予告朝ドラ

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朝ドラ、あんぱん26週最終回ネタバレ「希望の光」

26週タイトルは「愛と勇気だけが友達さ」

あらすじ予告です

第26週「愛と勇気だけが友達さ」

1988年、秋。日本の空は、昭和という時代が終わりを告げようとしていることを知っていた。

タカシと八木が手掛ける雑誌『詩とメルヘン』は、多くの読者に愛され、タカシは充実した日々を送っていた。小さな成功に安堵し、穏やかな日常に満足していた、そんなある日。

ピンポーン。

玄関のチャイムが鳴り、タカシがドアを開けると、見慣れない青年が立っていた。男は、日本テレビのプロデューサーだと名乗った。

「武山恵三と申します。柳井嵩先生にお目にかかりたくて…。」

タカシを驚かせたのは、彼の口から飛び出した言葉だった。

武山恵三: 「先生の絵本、『あんぱんまん』をテレビアニメにさせていただけませんか?」

タカシは思わず、言葉を失った。これまでに何度も持ち込まれては立ち消えになった企画だ。大人たちに「顔をちぎって食べさせるなんて気持ち悪い」と酷評されたあの絵本が、テレビで全国の子どもたちに届けられる?

タカシ:

「…いや、それは無理ですよ。テレビ局の上の方は、あの話は気にいらないって、ずっと言ってたでしょう?」

タカシの言葉に、武山は毅然とした表情で答える。

武山恵三: 「ええ、何度も断られました。でも、僕には確信があるんです。息子が通う幼稚園で、ボロボロになった『あんぱんまん』の絵本を見つけましてね…。あれは、嘘をつかない子供たちの、何よりの証拠です。」

彼は、タカシが知らなかった『あんぱんまん』の静かな人気を熱く語った。しかし、それでもタカシは首を縦に振らない。これ以上、のぶを巻き込んで苦労をさせたくなかった。そして何より、今の穏やかな日々を壊したくなかったのだ。

 

のぶの言葉、タカシの決意

 

武山が帰った後、タカシはのぶに尋ねた。

タカシ: 「のぶちゃん、どう思う?また、同じことで苦労するかもしれんぞ。」

のぶは、タカシの手にそっと自分の手を重ねた。その小さな手から、深い愛情と確固たる信念が伝わってくる。

のぶ: 「タカシさん。これまで、あんたが描いてきた漫画や絵本は、あんたの人生そのものやった。悔しいことも、悲しいことも、全部、あんたの優しさになった。そんで、その優しさがアンパンマンになったんやないん?…それを、もっとたくさんの人に見せてあげたらええと思うんや。」

のぶの言葉は、タカシがずっと心の奥底に隠していた、本当の願いを呼び起こした。それは、自分の人生のすべてを込めた『あんぱんまん』を、一人でも多くの人に届けること。のぶのまっすぐな眼差しに、タカシの心は決まった。

「…分かった。やろう。」

タカシは武山に連絡し、アニメ化を受け入れた。そして、主題歌の作詞も引き受けることになった。

 

愛と勇気だけが友達さ

 

タカシは、静かに机に向かった。目の前には、白紙の原稿用紙。これまでの人生のすべてが、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。戦争で弟を亡くした悲しみ。漫画家として認められず、苦しんだ日々。それでも、八木との友情や、のぶとの愛に支えられて、描き続けた日々。

タカシの心の声: (何のために…生まれてきたんだろうか…。)

彼の脳裏に、飢えていた戦後の子どもたちの姿が浮かんだ。そして、お腹を空かせた人にお腹をちぎって分け与える、あんぱんまんの姿。彼は、ペンを走らせる。

「そうだ、僕らは…、いや、あんぱんまんは、愛と勇気だけがあればいいんだ。」

愛と勇気だけが友達さ

その一節を書き終えたとき、タカシは涙が止まらなかった。それは、彼が50年以上探し続けた、人生の答えだった。

1988年10月3日。テレビから、『それいけ!アンパンマン』の主題歌が流れる。子供たちは、初めて見るアンパンマンの姿と、その優しく力強い歌声に夢中になった。絵本では酷評された「顔をちぎって食べさせる」という行為は、子供たちの間では「わー!」という歓声と憧れに変わった。

『アンパンマン』は大ヒットとなり、タカシの名前は日本中に知れ渡った。

長い長い下積み時代を経て、タカシは、愛と勇気を分け与えるヒーローを、日本の隅々にまで届けることに成功したのだ。

 

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『アンパンマン』の軌跡:不評から国民的ヒーローへ

1988年(昭和63年)10月3日。タカシが69歳になった年のことでした。テレビアニメ『それいけ!アンパンマン』の第1回が放送され、その視聴率が発表されると、日本テレビの関係者の間にどよめきが走ります。誰もが固唾をのんで見守る中、担当者が読み上げた数字は、予想をはるかに上回るものでした。「3%も取れれば万歳ですね、と言っていたのが…なんと、7%を超えていたんです!」驚きと安堵の声が漏れる中、当初は関東地方のみで2クール(半年間)の予定で始まった番組でしたが、その後も視聴率は順調に上がり続け、10%を超える回も珍しくなくなります。やがて放送エリアは全国に拡大され、現在も続く長寿アニメへと成長していくのです。この結果に心から安堵したのは、第1回から現在まで監督を務めるトムス・エンタテインメントの長岡秋典でした。『ガッチャマン』や『Dr.スランプ アラレちゃん』などのアニメを手掛けてきた彼でしたが、幼児向けは初めてでした。さらに、絵本が原作のテレビアニメは日本では前例がなく、成功への確信が持てずにいました。そして何よりも、長岡は『アンパンマン』の存在をそれまで知らなかったのです。(果たして、幼い子供たちが絵本ではなく、動くアンパンマンを見てくれるのだろうか…)そんな悩みを抱えていた時、長岡はタカシがいずみたくと一緒に始めたミュージカル『熱血メルヘン解決アンパンマン』があることを知ります。半信半疑で劇場に足を運んだ長岡は、客席の光景に目を奪われます。子供たちが、信じられないほどの熱狂ぶりで舞台を見つめていたのです。「舞台の出来はもちろん素晴らしい。だが、それにしても…アンパンマンがここまで子供たちの心を掴んでいるとは…!」舞台が終わっても興奮冷めやらぬ子供たちを見て、長岡は深く胸を打たれました。「そうか。アンパンマンの素晴らしさを知らなかったのは、大人だけだったんだな…」こうして、長岡はミュージカルに勝るとも劣らない、アニメならではの『アンパンマン』の世界を作るための奮闘を始めます。タカシから監督の長岡に与えられた指示は、たった一つでした。「品のいい作品にしてほしい。あとは全部任せるので、自由に作ってください。」これまで長岡が手掛けてきたアニメは、コマ割りされた漫画が原作のため人物のアップが多く、それによって感情を表現できました。しかし、絵本にはアップがほとんどありません。長岡はこれまでの常識を覆し、どの瞬間を切り取っても一枚の絵のように美しい画面になるよう、細部にまでこだわって制作を進めました。タカシは毎回、必ず試写を見るようにしていました。すべて任せると言った手前、感想を述べるだけにとどめようと努力していましたが、一度だけ厳しく言ったことがありました。それは、ばいきんまんが女性を紐でぐるぐる巻きにし、押し入れのような場所に閉じ込めるシーンでした。長岡にしてみれば、他のアニメでもよくある表現で、特に問題視していませんでした。「こういう表現はやめてください」真剣なまなざしでそう語るタカシの姿に、長岡は改めて気づかされます。(そうか、これは単なるアニメじゃない。子供たちに多大な影響を与えるものを作っているんだ…)タカシの言葉は、長岡の心に深く刻まれたのでした。

「アンパンマンのマーチ」に込められたメッセージ

『それいけ!アンパンマン』のために、タカシは主題歌「アンパンマンのマーチ」を作詞します。歌詞:

「そうだ!嬉しいんだ 生きる喜び / たとえ胸の傷が痛んでも / 何のために生まれて 何をして生きるのか / 答えられないなんて そんなのは嫌だ!」

最初にタカシが書いた歌詞は、これとは少し違っていました。元々の冒頭の三行はこうです。

「そうだ!嬉しいんだ 生きる喜び / たとえ命が終わるとしても」

「命が終わる」。つまり「死」が「生」の前提にあることを、タカシは伝えようとしていたのです。子供向けであることを考慮して、最終的には「胸の傷が痛んでも」という表現になりましたが、タカシはここでも、主なターゲットが幼い子供たちだったとしても、真剣勝負で自身が長年考え続けてきたテーマを込めたのでした。「子供には難しすぎる」と、色々な人から言われました。しかしタカシは、まっすぐに答えます。「たとえ今は分からなくても、声として発した言葉は体のどこかに残り、いつか思い出してくれる。私はそう信じているんだ。」タカシは、子供たちがいつかこの歌の真の意味を理解してくれることを願って、言葉を選び続けたのです。

成功の裏に隠された悲劇

テレビアニメ『それいけ!アンパンマン』は、予想をはるかに超えて好調なスタートを切りました。日本テレビには「グッズが欲しい」「ビデオになるのか」などといった問い合わせが殺到します。クリスマスが近かったため、急遽予定になかったクリスマス編を制作したり、年末年始に向けて大急ぎでグッズを企画したりと、タカシの周囲は大盛り上がりでした。しかし、監督の長岡の目から見たタカシは、なんだか淡々としていて、15%という高視聴率を叩き出した時も、心から喜んでいるようには見えませんでした。実はこの時のタカシの心は、誰にも言うことのできない不安と後悔でいっぱいでした。最愛の妻ノブが癌と診断され、余命宣告を受けていたのです。1988年(昭和63年)の秋、アニメの放送が始まる前後に、ノブは体調を崩していました。胸に異物感と痛みを感じるというのです。タカシ:

「ノブちゃん、すぐ病院で見てもらった方がえいよ!」

ノブ:

「うん、そうするわ。」

ノブはそう答えますが、タカシはそれほど重大には考えず、仕事の忙しさにまかせて病院に付き添うようなことはしませんでした。それから1ヶ月ほどして、近くの東京女子医科大学病院に行ったノブは、癌と診断され、即日入院となってしまいます。そして12月、両方の乳房を切除する手術を受けます。手術後、担当医に呼ばれたタカシは、信じられないほど残酷な宣告を受けます。担当医:

「肝臓にも転移しています。お気の毒ですが、奥様の命は長くてもあと3ヶ月です…」

レントゲン写真を見せられながら、タカシは全身の血の気が引いていくようでした。目の前が真っ暗になり、その場で崩れ落ちそうになります。「ノブちゃん…ごめん…。僕が悪かった…!」このところ、ノブが痩せてきていて、頬に皺ができていたことは気になっていました。なぜ、もっと早く、無理にでも病院に連れて行かなかったのか。テレビアニメが始まって、これまでにないほど多忙を極めていたタカシは、ノブの病気のことは誰にも言わず、ただひたすら仕事をこなしながら、毎日病院へ通いました。手術を耐え抜いたノブは、骨と皮のようになってベッドに寝ていました。元々小柄な体でしたが、日ごとに小さくなっていくのが分かります。「私、ダメかもしれない…。もしものことがあったら、あなたじゃ色々整理できないでしょう?覚悟はできているから、本当のことを教えてね…」そんなノブに、タカシは精一杯の笑顔で答えます。「大丈夫だよ。悪いところは全部切り取ったから。」転移のことは、どうしても伝えることができませんでした。タカシは父と弟が若くして他界したこともあり、自分が死ぬことはいつも頭の片隅にありました。しかし、いつも元気で自分を支えてくれていたノブが死ぬなんて、考えたこともありませんでした。何の根拠もなく、自分の最期をノブに見取ってもらえるものだとばかり思っていたのです。そのため、自分が亡くなった後のことを考えて生前贈与も済ませ、マンションも半分はノブの名義にしてありました。それなのに…。

里中満智子との出会い:希望の光

そんな風に暗い気持ちを抱えて過ごしていたある日、タカシは所属していた日本漫画家協会の理事会に出席します。会議中も上の空で、ただ早く終わることだけを願っていました。会を終え、足早に帰ろうと外に出ると、小走りに追いかけてくる人がいました。漫画家の里中満智子でした。「柳井先生、何かありましたか?」ノブの病気のことは漫画家仲間にも一切話しておらず、会議中も悟られないようにしていたつもりでした。それなのに、里中はいつもと違うタカシの様子に気づいていたのです。タカシは少女漫画とは無縁で、里中とも特に親しい間柄ではありませんでした。顔を合わせれば話はしますが、自分より30歳近くも若く、早くから超売れっ子で、漫画界のマドンナ的存在。自分とは別世界の人のように思っていました。その里中が、自分を気遣い、わざわざ追いかけてきてくれたのです。タカシは、堰を切ったように妻が癌で余命3ヶ月と言われたこと、そのために夜も眠れないことを打ち明けます。すると、里中は静かに口を開きました。「実は、私も癌だったの。」タカシは驚き、里中をまじまじと見つめます。目の前の里中はとても元気そうで、以前と少しも変わらない美しさです。子宮癌だったという里中は、自分の闘病について詳細に教えてくれます。子宮を温存したくて、良いと言われることは漢方や食事療法などすべて試し、医師から「気休め程度にしかならない」と言われた丸山ワクチンを打ち続けたところ、驚いたことに医師から「もう大丈夫でしょう」と言われたというではありませんか。「できる限りのことをやってみたら、いかがですか?どうか、元気を出してください。」里中はそう言って、その後すぐに自分が試したものをリストにして送ってくれました。「ノブのために、まだやれることがある…!」そう思うと、タカシに再び気力が湧いてきました。里中の言葉は、真っ暗な心に差し込む一筋の光のようでした。

奇跡の回復:ノブの生命力

丸山ワクチンは厚生省から薬として認められておらず、有償治験薬として医師の許可をもらって打つことになります。タカシは里中から紹介された病院へも行き、ワクチンを入手し、ノブに頼んで注射してもらうことにします。医師からは「気休め程度にしかならない」と言われましたが、タカシは少しでも可能性があるなら試してみると決めていました。驚いたことに、1ヶ月ほどするとのぶは歩けるようになります。タカシが愛犬のチャコを病院の前まで連れて行くと、病室から降りてきたノブは大喜びで背中を撫で、チャコはちぎれるほどに尻尾を振ります。「チャコちゃん、久しぶりね…!」ノブはその後も快方に向かい、12月の末には退院を果たします。病院から自宅のあるマンションまでは徒歩30分ほどの距離でしたが、車には乗らず、タカシと一緒にゆっくりと歩きました。帰宅したノブは、お正月の支度を始めます。元日はおせち料理と雑煮を食べ、タカシと屠蘇を飲みます。宣告された余命はあと2ヶ月。もしものことを考えると、その前にノブが喜ぶことをしたいが、一体何をすればいいのか。タカシは時間が過ぎるのを恐ろしく感じ、ノブに寄り添うようにして暮らしていました。ところがしばらくすると、驚くべき変化が起こります。ノブの顔色が良くなり、体重も増えてきたのです。無事に桃の節句を迎えられ、余命と言われた3ヶ月を突破します。タカシの時から45kgを超えたことがなく、入院中に35kgまで落ちた体重は、ついに50kgを超えていました。病院では「本当に柳井さんですか?見違えました」と驚かれます。「もしかしたら丸山ワクチンが効いたのかもしれない…」タカシはそう思いました。丸山ワクチンについては賛否の声がありましたが、少なくともノブの場合は目に見えて元気になっていました。1年経つとのぶは茶道の稽古を再開し、地図を広げて言いました。「登りたい山には大体行ったから、次は中山道を京都まで歩こうかな。」タカシにとって激動の1年でしたが、その間にもアニメの『アンパンマン』は快進撃を続けていました。以前から「私は特に望みはないけれど、あなたが日本のみんなが知っているような人になってくれたら嬉しいわ」と言っていたノブも、タカシの活躍を心から喜んでくれます。1990年(平成2年)、タカシは日本漫画家協会賞大賞を受賞します。さらにその年、『アンパンマン』の絵本が累計1000万部を突破しました。収入は劇的に増えますが、タカシの生活はこれまでと変わりませんでした。元々酒も飲まず外食もせず、趣味といえばカメラくらいしかなかったので、ノブからもらう月20万円のお小遣いで十分でした。車はずっと持っておらず、タクシーは贅沢だと思っていたので、それまで通り地下鉄を利用します。道に迷うことも多かったタカシは、マンション内の自宅を改装して茶室を作り、弟子たちに教え始めます。穏やかな日々が続き、タカシは「ノブがこのままでいてくれますように」と祈るような思いで、ノブと一緒の時間を噛みしめながら一日一日を過ごすのでした。あんぱん22週ネタバレ「愛するカタチ」あらすじ予告

 


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