光る君へ20話ネタバレあらすじ長徳の変!藤原伊周,隆家の追放/左遷

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NHK大河ドラマ光る君へ」20ネタバレ あらすじ内容です。

19話最後では、「長徳の変」と言われる出来事が始まりました。

その内容は、伊周が光子のもとへ向かうと、屋敷の前に牛車が停まっていて、別の男がいると思います。すると隆家が「相手の男を制裁しよう」と提案し、伊周と隆家は斉信の屋敷を訪れ、男が出てくると、隆家はその男に向けて矢を放ちました。

斉信が屋敷からでてきて悲鳴が聞こえ、矢を射られたのは、花山院でした。「長徳の変」が始まりました。

ここから20話は始まります。20話ネタバレは史実の「長徳の変」より予想も含めてお送りします⇓⇓

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光る君へ!ネタバレ最終回マデ全話あらすじ結末マデ

 

光る君へ20話ネタバレあらすじ

20話ネタバレ①長徳の変,勘違いで花山院を襲撃

「長徳の変」は、藤原伊周と藤原隆家が花山法皇を襲撃し、左遷されるまでの一連の出来事を指します。この事件は、藤原道長と中関白家の険悪なムードが高まる中で発生しました。

長徳2年1月16日(996年)、藤原隆家の従者が花山法皇(第65代天皇)に向かって弓を射かけました。

この暴挙の背景には、藤原伊周の恋愛事情が大きく関係しています。伊周は、藤原為光の三女と恋仲でした。

一方、花山法皇は、同じく藤原為光の四女と恋仲でした。

 

伊周は、花山法皇が自分が愛する三女に手を出していると勘違いし、花山法皇に疑念を抱く事態に陥りました。この勘違いから来る悩みを、伊周は弟の隆家に相談しました。

隆家は、花山法皇を懲らしめる作戦を伊周に提言しました。

そして、長徳2年1月16日(996年)の夜、為光四女の家から帰宅する途中の花山法皇に対し、隆家の従者が弓を放つという暴挙に及びました。

放った矢は花山法皇が来ていた着物の袖を射抜き、一歩間違えれば命にかかわる大事故になりかねる状況でした。

そして、従者の童子二人を殺して首を持ち去ったのだといいます。

20話ネタバレ②藤原伊周と隆家の追放・左遷

この事件を起こした藤原伊周と隆家兄弟の行為は大問題となり、2人は京都から追放されることになりました。

また、同じようなタイミングで詮子(道長の姉で第66代一条天皇の母)が病気になったのですが、伊周が呪いをかけているからだという噂が広まりました。

さらに、大元帥法の修正、これは宮中だけで可能な行為であったが、その結果として伊周は大宰府へと移された。その弟、隆家も同様に出雲国へと移動させられました。

伊周の母、高階貴子は息子と共に行くことを望んだが、その願いは叶わず、彼女はすぐに病に倒れ、10月に亡くなりました。

長徳2年4月28日(996年)、伊周と隆家の左遷が決定されましたが、病気を理由に出頭命令を拒み続けました。

しかし、同年5月1日に強制捜査が決行され、邸宅内に検非違使が突入し、まずは隆家が捕縛されました。さらに、妊娠中だった伊周の妹、中宮定子は検非違使に乱入されたショックにより、里第二条宮から退去し、その場で髪を切り出家しました。

伊周は強制捜査を潜り抜け逃亡していましたが、5月4日に出家した状態で戻ってきて、ついに左遷先への旅路についたのでした。

なお、逃亡中の伊周は、父 藤原道隆の墓参りをしていたとの説もあります。

 

このように、史実からも20話では「長徳の変」で、藤原伊周と藤原隆家が花山法皇を襲撃し、京都から左遷されるまでを描かれるものだと思います。

これでますます道長による政治が進むことでしょう。

・次の話⇓⇓

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