NHK連続テレビ小説101作目は、信楽を舞台にした女性陶芸家川原喜美子の半生を描いたドラマ『スカーレット』です。
このドラマ令和元年9月30日(月)から放送開始されました。
今回は13週73話74話のあらすじネタバレを紹介します。
<スカーレット72|73話 前回のあらすじ>
家族写真を撮ろうとしている時、『カフェサニー』の陽子から喜美子宛てに電話が入ってきました。
喜美子が電話口に出ると『陶業研究所』に勤める橘ひろ恵に代わっていました。
橘ひろ恵は喜美子の作った花の絵の珈琲カップが気に入ったので作って欲しいと言います。
橘の申し出に驚いた喜美子ですが、八郎を連れ慌ただしく家を飛び出します。
『陶業研究所』で喜美子と八郎は橘から、叔父の経営するレストランの珈琲カップ80個を作って欲しいと頼まれます。
しかし、80個と云う数量を聞いた途端に喜美子の表情が曇ります。
横にいた八朗もそれを聞いて目を伏せたのでした。
ひろ恵は信楽に女性陶芸家がいた事を喜んでいて、話を前に進めようとします。
でも、喜美子は橘の申し出を丁重に断ったのでした。
「わたしには陶芸家としての技術も自信もなく、まだそんな力はありません、、、」
八郎も喜美子の話のあとに続きます。
「1年か2年後に電気窯の入った作業場を持つ予定なんです、、、
その時までに喜美子ひとりでも大量の注文でも上手につくれるようにしておきたいので、その頃にあらためて是非よろしくお願いします!」
喜美子が注文を受けずに戻ってくると父親の常治は不満たらたらです。
挙句のはてに八郎にまで早く1個5万円の湯飲みを作れと言い出すのでした。
<73話と74話のあらすじ>
喜美子と十代田八郎が結婚して5年の年月が流れます。
昭和40年夏には喜美子は27歳になっていました。
ふたりの間に生まれた息子の武志もはやくも4歳になっていました。
『丸熊陶業』を退職して独立した喜美子と八郎は、喜美子の実家の隣脇に作業場『かわはら工房』を建てて日々作陶に励んでいました。
オリジナルの陶芸作品に励む八郎でしたが、泣かず飛ばずの日々が続きます。
生活費は、喜美子が陶器食器を作って稼いでいたのです。
そんな喜美子と八郎の生活を横から眺めていた父親の常治は何かと心配するのでした。
「喜美子のところは大丈夫なんだろうか?」
でも、母親のマツは常治を心配させまいと、喜美子が作っている陶器の食器が売れているから大丈夫だろうと話しかけますが、内心では八郎が外に働きに出てくれたら好いのにと思っていたのでした。
末娘の百合子も常治に余計な心配に釘を刺します。
「喜美子姉ちゃんと八郎さんが決めることだから、お父ちゃんが余計な事を言ったら駄目だよ!?」
そんなある日、今や『丸熊陶業』の社長夫人となった喜美子の幼馴染みの熊谷照子が訪ねてきました。
照子は喜美子には内緒で、病院で医者から何かを告げられた常治が酷く落胆していた姿を見かけた事を八郎に耳打ちしたのです。
八郎の不調を他所に喜美子が作る陶器の食器の売れ行きはどんどん伸びていき、喜美子は毎日を忙しく過ごしていたのでした。
そんなある日、父親の常治が倒れたとの知らせが入り、大慌てで家に戻ってきました。
「お父ちゃん!大丈夫なの?」
それに対して常治は平静を装って言います。
「こんなものは、すぐに治るから騒がなくてもいい、、、明日になったらぴんぴんの元気になっているわ!」
しかし、翌日になっても治の体調は回復しませんでした。
しかも、医者は何と常治の余命を宣告したのです。
常治は女房のマツとふたりだけで温泉旅行に行くことになりました。
その旅行の意味を理解した末娘の百合子は只々泣くばかりでした。
喜美子たちは父親の常治の病状が決して回復しないことを知っていたが、敢えて普段通りに振舞おうと決めたのでした。
でも、悲しみを我慢できない百合子は家の外に出て隠れて泣くことが多くなったのでした。
喜美子は常治の事で心の余裕がなくなっていました。
八郎は自分自身が陶芸家としてやっていけるのかと云う不安に苛まれ大きな壁にぶち当たっていました。
そして、ふたりは些細な事でも喧嘩するようになってしまいました。
日に日に弱っていく常治を見るに見かねた喜美子は、ある事を思いつくのでした。
<73話74話の感想>
夫婦で陶芸家なのに片方が売れて片方が売れない状況では何時かは夫婦間に亀裂が入ってしまうのは避けられませんね!?
しかも、父親の常治が余命宣告を受けていて平静ではいられない喜美子に対して、八郎は自分の陶芸家としての資質に不安を持ち始めている状態ではなおさらです。
そんな喜美子は弱っていく常治を見ていて何を思いついたのかが気になりますね!?
スポンサード