大河べらぼう19話のあらすじです史実も含めて解説します。5月11日放送予定です。
瀬川は鳥山と離縁後に二人の男と結ばれてたという噂も。そして蔦重の母親役が発表され登場するかもしれません
ネタバレになるのでご注意下さい。
目次 [show]
大河べらぼう19話ネタバレあらすじ蔦重の母つよと再会
◆19話タイトル「鱗の置き土産」
・絵からネタをつくる
蔦重、鱗形屋、喜三二に、絵師の北尾政演、二文字屋きく、志水燕十(北川豊章)、りつも加わり、どんどん青本のネタの意見がでてきます
徹夜で他の本とネタが被っていないかを検証すると、どれもこれも使われたことのあるネタでした
そこへ歌麿が遠慮がちに意見を出します
いっそ絵から考えるってなあねえの?
青本は文と絵があるわけで、行き詰まってんならこんな絵見てみてえなって
それだああ!全員で「みんなが見てみたい絵」を考えます
100年先ってどんな髷が流行ってんでしょう?見てみたくねえですか?それだあああああ!
・春町、陥落
喜三二に呼び出された春町
蔦重の姿を見て店を出ていこうとしますが
この先の江戸を描いてみませんか?
誰も見たことのねえ100年先の江戸なんてものを
という蔦重の言葉に足を止めました
蔦重はさらに巧妙に、そして真剣に畳み掛けます
このネタを鶴屋で使ってもいい、春町の描く絵が見たいのだと熱弁する蔦重の言葉に、春町の心が震えます
時代に迎合しろと言う鶴屋と、今のままの春町がいいと語る蔦屋
俺で良いのか?古臭いぞ、俺は
古い?新しい?んなもん鼻くそでしょう
だって先生の書くのは100年先なんですよ!
葛藤する春町に、喜三二が
鱗の旦那だって見てみてえんじゃないのかな
お前さんの描くこの先の江戸
とダメ押し
春町陥落
・鱗形屋との別れ
後日、鱗形屋が蔦重に会いにきました
鱗形屋の策だと知らない春町が詫びに来たという報告です
鱗形屋は蔦重にこれまでのことを謝りました
大伝馬町の店を引き払い、人形町で商売をすると話し、焼け残った『塩売文太物語』の板木を蔦重に手渡します
『塩売文太物語』は幼い頃、瀬川に渡した思い出の赤本です
俺、これ初めて買った本なんでさ
駿河屋の親父様に初めてもらったお年玉握りしめて買いに行って
嬉しくててめえの名前書いて…
そうか、これ鱗形屋だったんで…
2人は感極まって、あふれる涙を拭いながら笑い合いました
その後、鶴屋に謝罪した鱗形屋は日本橋を去っていきました
・『菊寿草』ランキング
春、桜が咲き誇る九郎助稲荷では、今日も蔦重が誰袖にアピールを受け、耕書堂に逃げ帰ります
耕書堂では、青本のランキング本『菊寿草』を見ている面々
著者は「四方山人(よもさんじん)」こと「寝惚先生」こと「太田南畝」です
そこには
極上上吉、『見徳一炊夢(みるがとくいっすいのゆめ)』、蔦や座
という文字が
最優秀賞に輝いたのは、腎虚の恐怖に襲われながら書いた喜三二の作品でした
べらぼうネタバレあらすじ最終回まで誰の話?tsutayaとの関係
べらぼう19話ネタバレ史実より解説
・蔦重の母親との再会
北尾重政からの知らせ: 蔦重の友人である北尾重政から、蔦重が幼い頃に別れた父親が見つかったという知らせが届きます
重政の話によると、父親は蔦重の母親(役:高岡早紀)とよりを戻し、二人で暮らしているとのこと
この知らせを聞いた蔦重は、「おふくろが生きていた」と非常に喜びます
彼は、自分が吉原に引き取られた際、母親は重い病気で亡くなったと聞かされていたため、生きているとは全く思っていなかったのです
感動の再会: 蔦重はすぐに母親の元へ向かい、再会を果たします
27年ぶりの再会に、母親は蔦重のことを「重三郎かい」と呼びかけます
蔦重は母親に対し、裕福ではないものの店を持っていること、部屋があるため一緒に暮らさないかと提案します
*蔦重の母:つよ
蔦重(横浜)が7歳の時に離縁し、蔦重をおいて去っていった実の母親
髪結の仕事をしていたこともあり、人たらし対話力にはたけており、蔦重の耕書堂の商売に一役買う。
母親は「そんな、わたしなんか」と遠慮しますが、蔦重は「ついでだから、とうちゃんも、おれが面倒見るよ」と父親のことも引き取ることを申し出ます
母親は何度も感謝の涙を流します
しかし、蔦重が江戸に戻ると、そこは多くの難民が押し寄せ、商売どころではない混乱した状況でした
そのような混乱の中で、江戸から逃げてきていた新之助とうつせみと出会い、蔦重はそこで瀬川の情報を聞かされます
瀬川の失踪・その後: 蔦重はすぐに瀬川の元を訪ねますが、彼女の姿はありません
新之助とうつせみからの情報によると、瀬川は鳥山検校と離縁した後、しばらくして深川に住む馴染み客の武士・飯沼という男性に嫁いだとのことです
しかし、その飯沼はすでに亡くなっており、瀬川は子供を連れて飯沼の屋敷に出入りしていた大工の結城八五郎という男と出て行ったという情報が入ります
◆蔦重(演:横浜流星)と狂歌師・大田南畝(四方赤良)との出会い、そしてその後の二人の関係性を解説
大田南畝との出会い
1781年、蔦重は若き版元として、黄表紙や洒落本といった新しいジャンルの出版物を世に送り出し始めていました
黄表紙作家であり、大田南畝の狂歌仲間でもある恋川春町に誘われ、蔦重は大田南畝が出席する狂歌会に足を運びます
狂歌は、社会風刺や皮肉を面白おかしく盛り込んだ言葉遊びです
大田南畝の人物像: 表向きは真面目な幕臣である大田南畝ですが、その裏の顔は大の酒好きで、明るく笑いにあふれた人物です
彼の痛快な言葉遊びと、酒席を盛り上げる奔放な人柄に、蔦重は強く惹きつけられます
・二人の出会いの言葉:
大田南畝:「言葉は遊び、遊びは芸術
江戸の夜は退屈を許しませんな」と杯を傾けます
蔦重:「遊び心がなければ、世に出る本など色褪せるばかりです。」と応じ、二人の言葉のやり取りに周囲の客人も笑いを漏らします
意気投合と協力の申し出: 意気投合した蔦重は、「この狂歌を、ぜひ世に広める手伝いをさせていただきたい」と大田南畝に申し出ます
大田南畝は、蔦重の言葉からただの版元ではない何かを感じ取り、「お主、ただの版元ではないな?」と鋭く問いかけます
蔦重は、「書物だけでなく、江戸の笑いを作る者になりたいのです」と自身の大きな志を語ります
その言葉を受け、大田南畝は蔦重に「ならば、お前自身が笑いの舞台に立ってみるがよい」と冗談めかして狂言の一節を披露します
蔦重も負けじと即興で応じ、その場は大いに盛り上がります
大田南畝はその場で蔦重の才を見抜き、「蔦屋、お主には舞台の才がある」と認めます
大田南畝はさらに、「それならば、君も一つ、言葉遊びの世界に踏み込んでみる気はないか?」と蔦重を誘います
この出会いをきっかけに、大田南畝が書いた黄表紙の評判記『菊寿草』に蔦屋の名前が取り上げられるようになります。」
・蔦重の新たな活動と二人の協力
『菊寿草』への掲載をきっかけに、蔦重は版元としての仕事に加え、狂歌師「蔦唐丸(つたとうまる)」としても活動を始めます
出版の世界では、蔦重は大田南畝をはじめとする文化人たちと手を組み、黄表紙や洒落本を次々と世に送り出し、当時の江戸の風俗を映し出す革命的な動きを起こします
舞台での活躍: 舞台では、言葉と笑いの力を持って、幕府の規制を嘲笑う痛快な芝居を披露し続けます
・幕府の規制と二人の苦難
しかし、自由奔放な文化の開花に対し、やがて幕府の目が厳しく向けられます
幕府を笑う風刺文化にも規制がかかり、蔦屋重三郎と大田南畝は厳しい現実に直面することになります
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